ソ連は、というかスターリンは欧州戦線が片付いたら連合国に加わって参戦する、
という連合国との裏打合せは既にできていた。
なんで連合国に加わるかと言えば、それは戦勝の果実が欲しいからだ。
日本は長年、ソ連を仮想敵国としてきた。
だからソ連との国境に接する地帯に配置されていた「関東軍」というのが、
日本最強の陸軍部隊であって「無敵関東軍」と言われていた。
言っていたのは日本人だけれどもね。
元々関東軍は数十万人（？）くらいいて、
それとは別に中国と戦争している「支那派遣軍」という組織があって、
どれくらいの兵力かと言えば最終的には100万人以上の規模であった。
そしてそれとは別に、太平洋でアメリカと戦争したわけである。
これはなんというか、ものすごい決断だと思うし、一般に言われている陸軍が暴走したとか
そういう次元の話ではなく、やっぱりそこまで追い詰められてたわけだと思う。
もともと太平洋での戦争は海軍が引き受けるという認識であったんだけども、
ガダルカナル戦以降の南方戦線が苛烈になるにつれて、無敵関東軍からは師団単位で
戦力が引き抜かれ南方に投入されたので、関東軍の戦力低下は否めなかった。
それをソ連に悟られないように現地で徴兵して、人数だけは無敵関東軍の
威容を保っていたけど、実際は小銃すら全員分いきわたらないという状況だった。
そんな関東軍にソ連が攻め込んだ。
日本があと何日かで降伏する事は有る程度分っていたと思うけど、だからこそ
スターリンは急いで参戦した。要するに弱体化した降伏寸前の日本をやっつけて
最小のコストで領土を取ろうという、そういうことだ。
そしてソ連は、北海道の半分くらいをソ連領にする事を主張した。
あまりにも虫が良すぎるわけで、この戦争でものすごい犠牲を払ったアメリカが怒って
それを許さなかったけれども所謂北方領土はその時ソ連に取られた。
ソ連は、なんとアメリカの原爆開発チームにもスパイを潜入させてて、
だから原爆実験が成功したという報を聞いて
「これはいかん、もうすぐ戦争が終わってしまう」と、
欧州戦線から復帰した兵力を、どんだけ無理強いすんねん、
というくらいの無理強いで日本との戦争準備を進めさせた。
だからソ連兵は、「俺たち欧州で命がけで戦ってきたのに、
休む間もなくこんどは日本と戦争かい！」と
殺気立っている状態での戦闘開始であった。
苛烈な戦闘を経て8月下旬に日ソ間で停戦協定が結ばれ、在留邦人の保護について
合意を得たが、ソ連は完全に無視して多くの満州の日本人の命を奪った。
連合国の一員として参戦したのに、日本が連合国に降伏した後も
ソ連が攻撃をやめなかったのは普通に考えて酷いんだが、その行為は多分問われていないと思う。
そして「これが日本へ帰る列車だ」と日本の将兵を騙して日本とは真逆に列車を走らせ、
70万人以上をシベリアに送って厳寒のシベリアで強制労働をさせた。
ドイツとの戦争で国力が疲弊しきっていたため、その復興を、
日本人（とドイツ人）を使ってやらせようというのがスターリンの腹だった。
そして日本人を赤化させ、日本人同士を監視させ、憎ませ合い、管理しようとした。
結果、昭和24年までの4年間に六万人から七万人がシベリアの大地に命を落とした。
展治さんの話によるとウンコをすれば凍り、オシッコをすれば放物線を描いたまま凍り、
飢餓のためネズミを取って食べてたという。そしてついに栄養失調で仮死状態になり
死体置場の山に投げ込まれていたところ、戦友が口に含ませてくれた一欠けらの
氷砂糖によって意識が回復してどうにか命を繋いだ、と縫子婆ちゃんから聞いた事がある。
ボクは先日、県庁に掛け合って「展治さんの軍歴証明をくれ」と頼んだところ
「満州で現地召集だから、書類は焼けてなんも残ってないよ。でも内緒で、キミに
お爺さんの復員証明書のコピーを送ってあげよう」という話のわかる職員と出会い、
復員証明書を手に入れたので、昭和24年、展治さんが4年ぶりに解放されて
日本の地を踏んだ時に書いた書類を、どうかなと思いつつ本人に手渡したんだけど、
そこには部隊長の名前（奥村大尉）が書いてあって、展治さんは
「そうたい、そうたい、奥村だいい。隊長たい。このひとは壕から首だけ出して、
双眼鏡で偵察ばしよらしたら、ロスケのやっどんが大砲ば打ったもんだけん、
首から上ばもっていかれらしたもん」
と言っていて、ボクはこれを手渡した事が
良かったのか悪かったのか、今も答えは出ない。
でも展治さんはボクと妻の富美子に、シベリアから復員した時に
身に着けていた水筒と飯盒をみせてくれた。
その水筒には「菊正宗」の一升瓶の栓で蓋がしてあり、
ガムテープが巻かれて「昭和24年○月○日 展治 帰郷」と書いてあった。
62年前の文字であり、書いたのはフイノ婆ちゃん（曾祖母）であった。
ボクはこの水筒と飯盒をいるかと聞かれ「いらないよー」と答えたが
ほんとはボクの家で保管していくつもりだ。
展治さんは「ロスケの馬鹿やっどんが日本軍の飯盒は上等だけんちいうち、
すぐおっ盗るし、ドイツの捕虜やっどんもすぐ盗すじいくけん、こがんボロば
持って帰ったばってん、日本軍の飯盒はよかつやったばってんなぁ」と言ってた。
日本を復興させたのはこの展治さんとか照雄さんとか、要するに
戦って、負けて、焼け野原から復興させた世代であって、
今のボクらはその貯金で食ってるようなところもある。
そして彼等の世代は、口をつぐんで生きてきた人が殆どだ。
ボクの父は、照雄さんが機関兵だったことを知らない。
ボクの母は、シベリアがどこにあるか、知らない。
それはあまりにも残酷なんじゃないかと、勝手に思う。
